ヴェネチア統治時代(紀元1204年~紀元1669年)
クレタ島産ワインにとって、おそらく最も華やかな時代でした。
ぶどう畑はあらゆる階層の間で広がり、ワインは穀物よりも高い収益をもたらしました。
大商人であったヴェネチア人達は、クレタ産ワインをヨーロッパ全土へ輸出し、醸造量を増やしました。そして品質の向上を求めました。
この時代に造られた実用的な圧搾所の多くは、現在もペザ地区に残されています。
その多くは封建領主によって造られました。ドーム状の多孔質な石造圧搾槽と、そこから石灰岩の管でつながれた受け槽を備えていました。
斜面に設け、搾った果汁(マスト)を高低差を利用でして輸送用の器へと流し込む仕組みでした。
石に刻まれた溝や開口部(アネモラオス anemolaos)は、通気を確保するとともに、果汁を効率よく集める役割を果たしました。
剪定や耕起、境界線の確保、樹の植え替えに至るまで、栽培方法は細かく規定され、ヴェネチアの高い基準にふさわしいワインの品質が保たれていました。
価格は、種類、産地、熟成期間、輸送条件などによって決められました。詳細な契約書を付けることで不正も防がれていました。
この時代、クレタ産ワインはヨーロッパに広くその名を知られる産物となったのです。